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宗家稲庭吉左エ門より、二代佐藤養助に受け継がれた稲庭干饂飩は、一子相伝、門外不出。
受け継がれる技と心。歴代佐藤養助の歴史

稲庭干饂飩の原形が稲庭に伝わり、当家の宗家である稲庭(佐藤)吉左エ門によってその技術が受け継がれ、研究と改良が重ねられ、製法が確立したのは寛文五年(1665年)と言われています。

秋田藩主佐竹侯の御用処となった干饂飩の技法は、吉左エ門家の一子相伝、門外不出。しかし、親から子へ、子から孫へという一子相伝の技が絶える事を心配した吉左エ門によって、特別に二代目佐藤養助に伝授され、当家の創業となるのです。それは万延元年(1860年)、江戸末期の頃でした。明治に入り、宮内省より御買上げの栄を賜わる他、多くの賞を受賞しています。
佐野常民 (一八二二〜一九〇二)
明治時代の政治家、日本赤十字社事業の創始者。元老院議長、農商務相などを歴任。
東京都港区青山墓地に眠る。
そもそも当家のうどんが県内産の他の品々に先がけて御買上げの栄に浴したのは、当家三代目が、当時の元老院議長にして、日本赤十字社の創始者である佐野常民氏と交流した事に始まります。そして、内国勧業博覧会に出品して以来、宮内省御買上げの栄を賜わる事になるのです。以降、歴代の養助によって受け継がれたその技は、変らぬ本物の味を今へと伝えているのです。
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佐藤養助写真館
当家に掲げてある看板
当家に掲げてある看板。明治、大正時代に受けた賞が記されている。

覚え書き
宮内省より稲庭干饂飩を御買上げ賜った事を記す覚え書き。今で言う納品書控。
第1回内国勧業博覧会・褒状
第1回内国勧業博覧会にて褒状を受ける。
(明治10年11月20日)

宮城県博覧会・褒状
宮城県博覧会にて褒状を受ける。
(明治13年9月20日)
宮内省からの感謝状
御即位奉祝に献納したことへの宮内省からの感謝状(大正5年1月15日)

帝国名産鑑賞競進会・妙技鑑賞金牌
帝国名産鑑賞競進会にて妙技鑑賞金牌を受賞(大正6年6月28日)
平山省斎の書
「稲庭干饂飩処」の掛軸。
宮内省より御買上げを賜わった事を記念してかかれたもので、平山省斎の書。
平山省斎は江戸幕府にて外国奉行・箱館奉行を歴任した人物。

明治・大正時代のラベル
稲庭干饂飩のラベルは、明治・大正時代は手書きによるものであった。
宮内省御御用達および数々の賞を賜わった事を表す朱印が押してある。
故谷崎潤一郎氏からの現金書留
昭和39年3月30日付けの消印が押された、故谷崎潤一郎氏からの現金書留。

 
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